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SATO 次世代に残したい里

ヒューマンスピリットで雨を活かす種を
世界にまき続ける

村瀬 誠
株式会社天水研究所 代表取締役。株式会社Sky Water Bangladesh会長
published 2020年11月Time to read: 2min 16s

都市型水害で困っている人に応えたかった

より良い世界にするために独創的なプロジェクトに取り組むパイオニアたちを支援する「ロレックス賞」。2002年に「革新的雨水プロジェクト」でこの賞を受賞した村瀬誠氏。雨水に関わるようになったきっかけは、1981年まで遡る。当時、東京・墨田区の保健所で公務員として働いていた村瀬氏は、都市型水害に頭を悩ませていた。

「その年は三度も集中豪雨に見舞われたのですが、そのたびに下水道から排泄物が混じった汚水が逆流し、浸水被害が相次ぎました。消毒作業のために区内を回っていると、住民たちが『洪水をなんとかしてほしい。こんなことが続いたら、生活が成り立たない』と必死に訴えてくるんです。私の専門は薬学で、土木は門外漢。でも、困っている人を放っておくこともできなかった。そこで、担当部局の垣根を超えた自主研究グループを作り、洪水の原因を探ってみることにしました」

下水の逆流が起きたのは、街の七割以上の地面がコンクリートやアスファルトで覆われ、地面にしみ込まなくなった雨水が下水道に一挙に押し寄せたからだった。

「ならば、雨水をいったんタンクにためて、時間差で下水道に流せば、問題は解消するのではないか」。そう思い至ったときにふと、じゃあ東京にはどれくらいの雨が溜まるのかという疑問がわいた。

調べてみると、東京には年間に使われる水道水20億トンを上回る25億トンもの雨が溜まることが分かった。当時東京では水が足りないといっては上流にいくつもの大きなダムを建設してきたが、その一方で足元の膨大な水資源を捨ててきたのである。それだけではない。巨大なダムの建設は上流の人たちに多大な犠牲を強いてきた。ならば、これからの東京は水源を上流に依存するのではなく街の中に無数の小さなダムをつくり水源の自立を図るべきではないか。かくして洪水と渇水を総合的に解決するキーワード「流せば洪水、ためれば資源」ができあがった。

「雨水をためれば豪雨時の洪水対策になるだけでなく、渇水や災害が起きた際は生活用水としても利用できるし、日常的に都市の緑化のための水やりや、トイレの流し水に活用することもできます。私はこの考え方を墨田区に提案しました」

当時世界でも注目された国技館の雨水利用は、日本相撲協会だけでなく、上司や区長を始め多くの人の理解を得る必要があったが、「絶対に役に立つ」という信念と熱意が通じ、実を結ぶことになった。今や墨田区では東京スカイツリーなど雨水利用を取り入れたビルや住宅が650を超え、文字通り墨田区は「雨水都市」になった。

世界の空はつながっている

区の職員として働きながらも、視察の依頼があれば対応し、海外へ招かれれば講演にも出かけ、雨水利用のノウハウを惜しまずに伝えた。同時に、地域住民や区と協力し、路地や個人宅、公共施設への雨水タンクの設置も積極的に進めてきた。

事務局長を務めた1994年に墨田区で開かれた雨水利用東京国際会議には、世界18カ国から延べ8000人もの参加者が集まり、雨水利用の関心の高さを目の当たりにした。「洪水と水不足というのは世界中の都市が抱えている問題。私たちの雨水利用の仕組みは海外でも役立ててもらえると実感し、国際協力のプロジェクトをスタートするべく、会議翌年にNPO雨水市民の会を設立しました」

様々な国や地域を見て回り、1999年から水問題が最も深刻だったバングラデシュで本格的に雨水利用のソーシャルプロジェクトをスタートさせた。「バングラデシュでは、安心して飲める水がほとんどない村が珍しくありません。川や池の水には排泄物が流れ込んでいるから、飲むと下痢は日常茶飯事。地下水は有害なヒ素で汚染されている。無色透明で味もしないヒ素を、知らずに飲み続けて死んでいく人たちを見過ごすことができなかったんです」

日本が雨に恵まれているのはバングラデシュ方面からモンスーンアジアの風に乗ってやってくる雲のおかげ。ならば、同じ空の下に仲間として手を差し伸べたい。幸い、バングラデシュには年間2000ミリもの雨が降る。しかも農村部の空はきれいなので、安心して飲み水にできる。「雨水は、まさに命を救う天の恵み。私は“天水”、Sky Waterと呼ぶようになりました」

AMAMIZUと名付けられた天水活用システムは、屋根に降った雨水を樋で集めてタンクに導くが、竪樋の先にはフレキシブルエルボが取り付けられており、エルボをタンクの流入口の内外に動かすことによってきれいな雨だけを集水するようになっている。現地で雨水タンクを製造・管理できる人材を育て、村人たちの声をもとに価格を設定し販売すると、じわじわと購入者は増えていった。

無償提供しなかったのは、現地の人の雇用を生み出し、地域の産業にしていくためだ。「事業を持続可能な形にして経済的に自立することは、とても大切です。雨を活かして地域にソーシャルイノベーションを起こし、ゆくゆくは食もエネルギーも自立したエコビレッジづくりにつなげたいと考えています」

里は世界を救う

定年退職後は妻の実家がある静岡県御殿場市に住まいを移し、バングラデシュでの活動を続ける傍ら、食の自立を目指して畑を耕し野菜作りを始めた。この9年間、自宅では生活用水には雨水を利用し、地元の人と共に雨を活かした里山の再生事業にも取り組んできた。 「約40年、人生の半分以上の年月を雨水利用に費やしてきましたが、畑仕事をするようになって改めて、雨がもたらす恵みの大きさに驚かされました。たった1ミリの雨で、緑が芽を出す。一粒の雨は命そのものであると感じるようになりました」

ロレックス社の支援を受け、朝日新聞社が日本各地にある里の魅力と、里が抱える課題を発信するプロジェクト『SATO〜次世代に残したい里』において、村瀬氏は取り上げる里の選考に関わった。

「私がロレックス賞を受賞した『革新的雨水プロジェクト』で世界に発信したメッセージは、“No more Tanks for War, Tanks for Peace( 戦車〈タンク〉より平和のための雨水タンクを)”でした。気候変動により『降れば大洪水、降らねば大渇水』という事態が日本だけではなく世界各地で頻発しています。その一方で地球の人口増加が止まらない。そうなれば近い将来、地球規模で食と水の危機が深刻化しそれがもとで戦争が起きるかもしれない。水戦争や食料戦争を防ぎ、地球規模でSDGsを実現していくには、結局は一人ひとりが自らの暮らしを地球的に捉え直し、地域から水や食及びエネルギーの自立を図っていくことではないかと考えています。そしてそのヒントが里にあるように思います。

里には豊かな自然の恵みとそれに支えられた自立した暮らしと生業があります。そこには世代を超えてつないできた自然と人に感謝する文化が根付いています。里は日本人が非常に長い年月をかけて人と自然が支え合って作り上げてきたパーペチュアルなレガシーといえるのではないでしょうか。

里の仕組みや四季折々の絵になる原風景を支えるベースは、人の心。私がこれまで続けてきた活動にも通じるところがあるのですが、社会のイノベーションは一人のヒューマンスピリットから始まります。高齢化が進んで、里の維持が難しくなってきている今こそ、ぜひ若い人に現地に足を運んでもらって、目で見て、感じて、自分にできることはないか考えていただくことを期待しています。自分の生きている時間を何のために、誰のために費やすのか。それを深く考えることは、きっと豊かな人生を過ごすことに繋がっていきますから」

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